やはりパワーがいりました。。。。。

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枯木灘 (河出文庫 102A)

枯木灘 (河出文庫 102A)

さて、数日前に読み終わりました。枯木灘です。


一言で言えば・・・
紀伊半島東部(とりわけ新宮)の土建屋一族の、「一族の血」の物語。


現在坂口安吾の「桜の森の満開の下」を読んでいますが、
文章の重さでいえばこれのほうが格段に重かったです。

普段読んでる作品群がメスだとしたら、、これは青龍刀です。
これでもか、これでもか、とパワフルに文体が暴力的に迫ってきます。



  • 何故文章が重いのか?

さて、なぜかほどに文章が重いのでしょうか?
まずは、その作品背景とかから分析をば。

この作品を、「サーガ」と称する人も居ます。
サーガ、といえば、サリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」の「グラース・サーガ」やら、
佐藤友哉の「鏡家サーガ」とか、あとは・・・舞城王太郎の「奈津川サーガ」なんて言葉を
聞いたことはあります。

まあ、そんな寡聞にして、しかも太田系(=ファウスト系)な読書傾向が多かった私でも、
サーガ、というのは「一族のしっちゃかめっちゃかな物語」、だということは知っています。

後者2つは読んだことがありますが、枯木灘と同じく、一族のしっちゃかめっちゃか物語でした。
舞城にいたっては、暴力的な描写の多さやら、方言の多用すら似ています。

しかし、何かが違うのです。
舞城はその暴力性とリズミカルな文体が、読みきらせてくれます。

でも、枯木灘、血の濃さ、と、いうか物語の詰まり具合が半端ないのです。
1人1人への情報量が多いのです。

舞城だったら、説明数行で終わってしまうところ。
(まあ、そのリズミカルな文体の影響もあるでしょうけど。。。)

枯木灘、は、そのバックグラウンドに在る物語を、
これでもか、これでもか、といわんばかりにふんだんに盛り込み、
エピソードがその登場人物から吹き出てくるぐらいまでに存在します。

そして、土建の建設現場の話がこれまた、これでもか、これでもか、といわんばかりに
暑さがこっちまで伝わってくるぐらいの文章です。
読んでいるこっちまで、建築現場で疲れてしまいそうなぐらい。

また、当時の紀伊半島東側の描写もまた、その重々しさに拍車を掛けます。
現在でも、「ジャスコまで40キロ」、なんて平気で看板に書ける狂気のエリアならではの、
パワーといわざるを得ない、インフラの微妙さから来る物語。

最近ニコニコ動画で「酷道ラリー」という、通るのが過酷な国道の走行動画を
見ることが多いのですが、和歌山県には、そういった酷道が平気で残っているぐらいで。

そんな紀伊半島東側・土建屋の重さ・一族物語の血の重さとか、
そこいらへんが折り重なって、すっごく重い物語を織り成していました。
読みきるのには相当のパワーを使いましたね・・・。